入居者募集のコストと賃料設定の考え方

野口 真一(大家One 運営者)
母がマンション2棟を経営。その管理を間近で見てきた経験から賃貸管理SaaS『大家One』を開発・運営しています。
私は「大家One」という賃貸物件管理サービスを開発・運営していますが、そのきっかけの一つは、母が2棟のマンションを経営してきた姿を間近で見てきたことでした。母は毎月きちんと家賃を集め、修繕や設備の相談に応じ、確定申告もこなす、いわば「一人で何役もこなす大家さん」です。ただ、そんな母がいちばん頭を悩ませてきたのが、退去が出て空室になったときの「募集をどうするか」という問題でした。
不動産会社に何社も声をかけ、広告料をいくら乗せるか、家賃を下げるべきか下げないべきか、電話口で何度もやり取りする母の姿を見ながら、私は「このあたりの判断材料が、もっと整理された形であれば」とずっと感じていました。この記事では、そうした一次体験を踏まえつつ、公的な統計や制度の裏付けとともに、入居者募集にかかるコストと賃料設定の考え方を整理します。数字や制度の解釈は必ず出典を示していますが、実際の判断は地域の宅建業者や税理士など専門家に相談したうえで行ってください。
入居者募集にはどんなコストがかかるのか
空室が出てから次の入居者が決まるまでには、見えているようで見えていないコストがいくつも積み重なります。母の物件でも、退去の連絡を受けるたびに「今回はいくらかかるんだろう」という不安がまずありました。
仲介手数料には法律上の上限がある
まず押さえておきたいのが仲介手数料です。宅地建物取引業法第46条に基づく国土交通省の報酬告示(建設省告示第1552号)では、居住用建物の賃貸借の媒介において、依頼者の一方(貸主または借主)から受け取れる仲介手数料は「借賃の1か月分の0.55倍」以内、貸主・借主双方から受け取る合計額は「借賃の1か月分の1.1倍」以内と定められています。実務上は借主が家賃1か月分(消費税込み)を負担し、貸主負担がゼロというケースが多いのですが、これはあくまで慣行であり、法律上の上限そのものではありません。「相場だから」と鵜呑みにせず、上限のロジックを知っておくと、不動産会社との交渉でも落ち着いて話ができます。国土交通省「不動産取引に関するお知らせ」
広告料(AD)は法律の外側にある「大家の任意負担」
仲介手数料と混同されがちですが、実務でしばしば発生するのが広告料(AD、アドの略)です。ADは仲介手数料と異なり法律上の上限がなく、家賃の1〜2か月分が相場とされ、繁忙期以外の早期客付けを狙って3か月分以上支払うケースもあると紹介されています。支払うタイミングも仲介手数料とは異なり、成約時の成功報酬ではなく募集段階で発生する点が特徴で、この負担は基本的に大家側です。CHINTAI JOURNAL「不動産賃貸仲介のAD(広告料)とは」 母も「ADを積まないと後回しにされる気がする」とよく言っていましたが、これは慣行に基づく交渉材料であって、金額に絶対的な正解があるわけではないというのが実感です。
原状回復・リフォームは「経年劣化は貸主負担」が原則
退去のたびに悩ましいのが原状回復費用です。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、経年劣化や通常の使用による損耗は貸主負担、故意・過失による損傷は借主負担とするのが基本的な考え方として整理されています。設備の老朽化による修繕も原則貸主負担です。国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について この線引きを知らないまま「退去のたびに全部リフォームしなければ」と思い込んでしまうと、必要以上にコストをかけてしまいます。母の物件でも、水回りの経年劣化と入居者の使い方による損耗を分けて考えるようになってから、リフォーム費用の見積もりに納得感が出るようになりました。
フリーレントなどの初期費用軽減策
さらに近年よく使われるのがフリーレントです。一定期間の家賃を無料にする代わりに、家賃そのものは下げずに入居者の初期費用負担を軽くする手法で、他物件との差別化や早期成約に有効とされる一方、フリーレント期間中は家賃収入が入らないため実質的には空室とほぼ同じ状態になる点には注意が必要です。長期間の設定や違約金なしの短期解約が重なると収支が悪化するリスクも指摘されています。エイブル公式サイト「フリーレントがアパートの空室対策に有効といわれる理由」
賃料はどう決めればいいのか
コストの全体像を押さえたところで、次に悩ましいのが「いくらで貸すか」です。ここは母が一番長く悩んできたポイントでもあります。
周辺相場の調べ方
賃料設定の基本は周辺相場との比較です。SUUMOやLIFULL HOME'Sなどのポータルサイトで、同じ沿線・駅からの距離・築年数・間取りの物件をいくつか集め、平均的な水準を確認するのが一般的な方法です。周辺に十分な比較対象がない場合は、隣駅やターミナル駅からの距離が近い別路線の物件も参考にするとよいとされています。あわせて、国土交通省が毎年実施している「住宅市場動向調査」では、実際に住み替えた世帯の家賃動向なども公表されており、エリア単位の相場感を裏付ける材料になります。国土交通省「住宅市場動向調査」
空室日数と機会損失をどう考えるか
ここで多くの大家が直面するのが、「家賃を下げてでも早く決めるべきか、多少空いても強気の家賃を維持すべきか」という判断です。空室コストを試算した記事では、家賃収入の機会損失に加えてローン返済や管理委託費、固定資産税、火災保険料といった固定費が空室中も発生し続けることが示されており、家賃8万円クラスの都心ワンルームでローンがある場合、月あたりの実質損失が18万円を超える試算例も紹介されています。「賃貸経営の『空室コスト』を可視化する」 つまり「多少の値下げ」と「空室が長引くことによる機会損失」を天秤にかけたとき、後者のほうが大きくなる場面は少なくありません。もちろん、これは物件やローンの有無によって前提が大きく変わる試算なので、自分の物件のキャッシュフローに当てはめて考える必要があります。
母の物件でも、最初は「家賃を下げたら負けた気がする」という感覚が強かったのですが、空室が3か月続いたときの損失額を具体的に紙に書き出してから、「1000円下げてでも1か月早く決まるなら得だ」と判断できるようになりました。感覚ではなく数字で比較する、というのが賃料交渉の最初の一歩だと思います。
募集条件を柔軟にするという選択肢
家賃そのものを動かさなくても、敷金・礼金の減額、ペット可・楽器可への条件緩和、フリーレントの活用など、募集条件を柔軟にすることで間口を広げる方法もあります。恒久的な値下げは将来の収入水準を下げてしまいますが、条件面での工夫は一時的な調整にとどめやすいというメリットがあります。
空室を長引かせないためのポイント
総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査によれば、全国の空き家数は900万戸、空き家率は13.8%と過去最高を更新し、そのうち「賃貸用の空き家」は共同住宅の空き家の78.5%を占める最大のカテゴリーとなっています。総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 調査の結果」 つまり、空室リスクは特定の物件だけの問題ではなく、賃貸市場全体で構造的に増えているということです。そのうえで、空室を長引かせないために意識したいポイントを整理します。
- 募集を複数の不動産会社に同時依頼する。1社だけに任せると客付け意欲に差が出やすいため、比較検討の材料にもなります。
- 繁忙期(1〜3月)を逃さない。この時期は動きが活発なので、退去予告を受けたら早めにリフォームと募集の準備を始めることが重要です。
- 写真・条件情報を早く正確に出す。空室期間の長さは物件の印象にも影響するため、情報の鮮度が客付けスピードを左右します。
- 原状回復の範囲を事前に確認する。ガイドラインの考え方を踏まえて過剰なリフォームを避けつつ、必要な部分にはきちんと投資する判断が求められます。
小規模・高齢大家が損をしやすい点と対策
1〜3棟規模で経営する個人大家、特に高齢の大家に多いのが、不動産会社の提案をそのまま受け入れてしまい、広告料の水準や賃料設定の妥当性を自分で検証する機会がないまま進んでしまうケースです。母自身も「担当者に言われた金額をそのまま払ってきた」時期があり、後から振り返って「あの時もう少し交渉できたかもしれない」と感じたことがあります。
対策として意識したいのは次の3点です。
- コストの内訳を毎回言語化する。仲介手数料・広告料・原状回復費・フリーレントの影響額を、感覚ではなく金額で書き出す。
- 複数物件・複数期の比較ができる記録を残す。前回の募集でどのくらいの広告料・空室期間だったかを記録しておかないと、毎回ゼロから交渉することになります。
- 収支の可視化を習慣にする。空室が出た月の収支インパクトを普段から把握していれば、値下げすべきかどうかの判断が感覚論から数字の話に変わります。
なお、家賃・仲介手数料・広告料の相場は地域や物件タイプによって大きく異なり、本記事で紹介した数字や慣行がそのままあなたの物件に当てはまるとは限りません。最終的な賃料設定や広告料の可否は、必ず地域の実情に詳しい宅建業者や税理士などの専門家に相談したうえで判断してください。
私たちが開発している「大家One」は、こうした空室・入金・コストの状況を1つの画面で見える化し、複数棟を経営する個人大家が「感覚」ではなく「数字」で判断できるようにすることを目指しています。母の2棟経営を間近で見てきた経験から、次の空室対応が少しでも楽になる仕組みを、これからも作り続けていきます。
参考にした情報源
- 国土交通省「不動産取引に関するお知らせ」(仲介手数料の告示)
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 調査の結果」
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について
- 国土交通省「住宅市場動向調査」
- CHINTAI JOURNAL「不動産賃貸仲介のAD(広告料)とは?相場や確認事項をわかりやすく解説」
- LIFULL HOME'S Business「空き家が前回調査から51万戸増加。空き家率は13.8%と過去最高を更新」
- エイブル公式サイト(オーナー向け)「フリーレントがアパートの空室対策に有効といわれる理由を解説」
- 「賃貸経営の『空室コスト』を可視化する ― 空室1ヶ月で実際にいくら損しているのか」
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